不労所得と日本経済について徹底解説。

不労所得とは本物の所得なのか?

国内においてさえ、十分に安全性を保証できないことが、どうしてグローバル規模で可能にな るのか。そんなことはあり得ない。業者が産地偽装をしたり、あるいは危険な食材と知りつつ消 費者に提供したりといった事件の増加は、明らかに不労所得の副産物なのである。 凶悪な事件が年を逐うごとに増加しているように見える。こういった事態を異常だと感じるのは いずれにしても、筆者は、アメリカ社会が急速に変質したのと同じ意味で、日本社会が確実に 変質しつつあることを感じる。

 

不労所得

 

「より多く儲けた者が勝ち」という新自由主義的な価値観は、裏を返せば「手段のためには目的を 選ばない」「稼げない人間は負け組であり、それで飢えたとしても自業自得である」という考えに まんえんそのままつながる。こうした自己中心的な発想が蔓延したことが、今の日本社会から「安心・安全」 あるいは人と人との信頼関係や絆が失われる事態を惹き起こしてしまったのではないだろうか。

 

 

もちろん、先ほども述べたように構造改革には一定の意義があり、それなりの成果があったわ けだが、しかし、市場至上主義的な風潮が世の中に行きわたり、伝統的な日本社会の良いところ が徐々に変質していくのを見るにつけ、また、格差が異常に拡大した「貧困大国」アメリカの実態 を見るにつけ、あるいは、地球環境破壊がとどまるところを知らない現状について考えるにつ け、筆者は不労所得や新自由主義思想には本質的な欠陥や問題点が潜んでいることに、 徐々に気づくことになった。

 

日本のネット社会とアフィリエイト

 

私はその蓋を開けることに荷担してしまった一人なのだ。 ギリシア神話によれば、いったん開けてしまったパンドラの箱から出てしまったものは、二度 と戻ってこず、ふたたび箱に蓋をすることもできないという。不労所得というパンド ラの箱を閉めるのも、すこぶる困難な仕事、いやほとんど不可能なことなのかもしれない。しか し、それでも「パンドラの箱」には何とかして蓋をしなければならないのである。

 

 

そうでなけれならない 事実、すでにパンドラの箱から飛び出した不吉な「モンスター」は、世界の金融界を未曾有の混乱の中に追い込んでいる。アメリカ発のサブプライム・ローン問題によって起きた金融危機の余し波を受け、日本経済もこれから長期不況を強いられることになりそうだ。 アメリカやヨーロッパで起こっている急激な信用収縮(クレディット・クランチ)が日本にも波及 し、実体経済に大きな影響を与え始めたからである。

 

 

アメリカ発の不労所得の暴走は、サブプライム・ローンそのものにはあまり手を出さなかった日本にも深刻な影響をもたらしつつあるのだ。世界経済は今や不可分に結びついており、一国だけが安泰ということはあり得ない。

 

サブライプローンと不労所得

 

あとでも詳しく述べるが、サブプライム・ローンとは結局のところ、アメリカ系証券会社のエ リートたちが、住宅ローンの対象になりそうもない貧困層を食い物にして、自分たちだけが儲け るために作られたかなり「いかがわしい」金融商品であった。

 

 

ごく簡単にいえば、サブプライム・ローンとは、本来なら不動産を買うだけの経済力のない人々 に甘い誘惑の手を差し出して住宅ローンを組ませ、他方、ローンを貸し付けた金融機関はその債 権を証券化して世界の金融市場で売りさばき、利潤を膨らませることのできる、きわめて巧妙な 形での「金融商品」である。 新自由主義や不労所得は、こうしたモラルなき経済活動までをも「自由競争」の美名 の下に正当化したのであった。

 

 

手段はどうであれ、自由競争の中で上手に稼ぐことが「資本主義の正義」であり、その競争に敗 れて職や財産を失うのはあくまでも自己責任なのだとする新自由主義思想には、格差の拡大を正 当化こそすれ、それを是正して、みなが幸福な社会、みなが心豊かに暮らせる社会を作ろうとい う意図は皆無である。そこにあるのは、あくまでも個々人の幸福追求であって、社会全体の幸福 実現は二の次、三の次でしかない。

 

 

このようなことに思いを馳せるならば、新自由主義に基づく単純な「構造改革」路線で我々が幸 せになれるなどというのは妄想にすぎないということを痛感させられる。 新自由主義の思想は、私たちが暮らす社会を個人単位に細分化し、その「アトム化」された一人 一人の自由を最大限尊重するという思想だから、安心・安全、信頼、平等、連帯などの共同体価 なぜ資本主義は環境を破壊するのか 不労所得や新自由主義というモンスターの被害は、格差社会の広がりに象徴される ような「社会の解体」だけにとどまらない。世界中で起きている環境破壊もまた、市場原理優先の 思想が産み出したものに他ならない。 利潤追求を至上命題とする不労所得においては、子孫のために自然環境を守り、資 源を節約しようといった話はしょせん副次的なテーマにすぎない。不労所得は地球環 境問題について責任を負わないばかりか、むしろ、環境破壊を加速する側に加担しているのだ。 経済学的に表現するならば、環境破壊とは企業などの経済主体が「環境コスト」を支払わないた めに発生し、加速していく現象である。

 

 

 

もちろん、人間が生きていくかぎり、そこにはかならず環境破壊が起きる。しかし、それが自 然の自浄能力の範囲内で済むのなら、地球環境は悪化することなく保全されるだろう。